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札幌地方裁判所 昭和42年(ヨ)387号 判決 1969年4月01日

債権者 服部正勝

右訴訟代理人弁護士 彦坂敏尚

右同 五十嵐義三

右同 佐藤文彦

右同 広谷陸男

右同 今泉賢治

債務者 北日本製紙株式会社

右代表者代表取締役 山内聡

右訴訟代理人弁護士 田村誠一

主文

本件申請を却下する。

申請費用は債権者の負担とする。

事実

第一、当事者双方の求める裁判

債権者代理人は「債権者が債務者に対し雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。債務者は債権者に対し昭和四二年五月六日から本案判決確定まで毎月六日限り一ヶ月二六、六五九円の割合による金員を仮に支払え。申請費用は債務者の負担とする。」との判決を求め、債務者代理人は主文同旨の判決を求めた。

≪以下事実省略≫

理由

一、会社は、北海道江別市に製紙工場を経営する株式会社であり、債権者は昭和四〇年七月一日会社に期間三ヶ月とする臨時工として採用され、その期間を三ヶ月ごとに更新されて右工場の抄造課抄造係としての業務に従事していたものであるところ、会社が昭和四二年四月六日債権者に対し、同人を同年五月五日限り解雇する旨の意思表示をしたことは、当事者間に争いがない。

二、よって本件解雇の効力について検討するに、

(一)  ≪証拠省略≫によれば、つぎの事実が認められる。

債権者を含む会社の臨時従業員は、もともと正規従業員の不足による労働力を補充するための要員として数ヶ月の期間を区切って会社に採用されたものであり、正規従業員に登格される途が閉されているのみならず、正規従業員が補充されるなどして労働力に余剰を生じた場合には会社を退職するのやむなきにいたるのが、本件解雇以前の数年来つづけられてきた会社の慣行であったところ、会社は昭和四一年一〇月翌年度採用の正規従業員として新規高校卒業予定者約二六名を内定したことから、それに伴い新規採用の正規従業員によって置き換えられるべき臨時従業員の整理の必要が予想されるにいたった。しかして、右採用内定の段階ではいまだ採用実人員は確定せず、従ってなんにんの臨時従業員を整理する必要があるかは必ずしも明らかではなかったが、翌年三月二〇日ごろにいたり、当時会社に雇用されていた臨時従業員三四名のうち将来の補充要員を除いた一五名を整理する必要があるとの判断に達し、一応右人員を解雇する予定をたてたところ、その後六名の自己都合退職者が出たため、残りの九名を解雇することとなり、右解雇予定者は、その直前の三ヶ月間である昭和四一年一二月一日から翌年二月末日までの間における欠勤日数を主として、その他年令などを考慮して選別するはこびとなり、同年三月末ごろ、右基準にしたがって九名の解雇予定者を選定したが債権者は右期間における欠勤日数が五六日(この欠勤日数については、当事者間に争いがない。)ときわめて多く、臨時従業員のうちで一番多かったのみならず、右期間以前においても欠勤日数が少なくなかったため、右九名の解雇予定者のうちの一人に選ばれるにいたった。そして、会社は同年四月一日前記内定の新規高校卒業者二六名を正規従業員として正式に採用し、右新規採用者の教育期間の終った後である同年五月五日限りあらかじめ選別した債権者を含む前記解雇予定者九名を臨時従業員就業規則一三条(3)所定の「止むを得ない業務上の都合がある場合」に該当するものとして解雇したものである。

以上の事実が認められ、これによると、会社は本件解雇当時、新規従業員採用にともなう措置として、臨時従業員の中から少なくとも数名の者を解雇する業務上の必要性があったものというべく、かかる場合その解雇者を選択する基準として過去の欠勤日数に主眼を置くことは、企業の効率的経営をはかる点からも従業員相互の公平を計るうえでも一応の合理性を有し、右欠勤日数の算定期間を三ヶ月間に限ったとしてもあながち不合理であるとは断じ得ないというべきである。

しかるところ、前記のとおり債権者は他の臨時従業員に比べて右算定期間中の欠勤日数がとびぬけて一番多くしかもそれ以前の欠勤日数も少なくなかったのであってみれば、会社が前記解雇対象者の一人として債権者を選んだのは相当であって、本件解雇には一応正当な事由があったと解するのが相当である。

(二)  もっとも、≪証拠省略≫によれば、つぎの事実が認められる。

債権者は民主青年同盟(以下単に民青という)、平和委員会に加入しているが、会社は左翼的思想を嫌悪し、昭和四一年四月一〇日ごろ下請会社に労働組合が結成されたことに関し江別工場抄造課長代理関沢が債権者ら数人の臨時従業員に対し「そういう組合は共産党が作ったので加入したものは首だ。」などといい渡したことがあり、更に同年五月ごろから、右関沢に紹介されたといって江別警察署に勤務する守谷某なる警察官が債権者の自宅を度々訪れるようになったけれど、債権者は右守谷が警察官であることを知って、右関沢に抗議する一方、右守谷を玄関払にしていたが、同年七月ごろ再び右関沢に呼ばれ、同人宅に行くと右守谷も同席しており、その席で右関沢より「君が民青や平和委員会に入っていることを知っている。君を札幌製紙(会社の下請会社)の本工として採用してやるから、その代り民青などの情報を提供してくれ。」などともちかけられたり、それと時を同じくして会社の管理室長亀田から「君が札幌製紙に採用にならないのは、君が民青や平和委員会に入っているからだ。」といわれるなど、債権者に対し会社側から、暗にこれら諸団体から脱退するよう働きかけがあった。

かように、本件解雇当時、会社は民青もしくは平和委員会加入者がいわゆる左翼的思想を有するとして、その思想が会社従業員の間に拡まるのをきらい、これを防止するための種々のはたらきかけをしつつあった事実が認められるのであるが、然しながら、既に二の(一)で認定したごとき本件解雇のいきさつを考えると、仮に債権者が当時民青もしくは平和委員会に加入しておらず、なんら左翼的思想を有していなかったとしても、すなわち債権者が右団体に加入しもしくは左翼的思想を有していたといなとにかかわらず、会社は当時臨時従業員の中で一番欠勤日数の多かった債権者を都合解雇の対象者に選んでいたであろうことを窺うことができるのであって、してみれば本件解雇の決定的な原因が、債権者の思想、信条を嫌悪した会社が同人を排除するためであったとする債権者の主張は、理由がなく、その他会社の解雇権の濫用を認めるに足りる資料はない。

三、以上の判示のとおり、債権者に対する本件解雇は、一応臨時従業員就業規則一八条(3)に定める事由を具備するものというべく、思想、信条による差別ないし解雇権の濫用にもとづくものとは認められないから、一応有効な解雇と解すべきであり、その無効を前提とする本件仮処分申請は結局被保全権利の存在につき疎明なきに帰し、かつ保証をもって右疎明に代えることは適当でないので、右申請を失当として却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 神田鉱三 裁判官 渡辺忠嗣 小山三代治)

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